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【書評】『もうあかんわ日記』(評者:寺田真理子/日本読書療法学会会長)

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日本読書療法学会を設立して、読書セラピーの研究と実践を続けてきた寺田真理子さまより書評をお届けします!

メンタル本大賞®2022 ノミネート作品

もうあかんわ日記
岸田奈美 著
ライツ社
2021年5月発売

書評

気分の落ち込みが続くと、自分ひとりがつらい状況に置かれているように思えてくるものです。

まわりの人は幸せに生きているのに自分だけが苦しんでいて、この世界から切り離されてしまったように感じることがあるかもしれません。

そんなときに、自分よりもっともっと大変な思いをしている人の存在を知ることで、「自分だけが苦しんでいる」という考え方から抜け出すきっかけになります。

この本の著者の岸田奈美さんは、父親は他界、車いすユーザーの母親はコロナ禍に生死をさまよう大手術をし、その間に祖父の葬儀があり、ダウン症がある弟と認知症がある祖母の同居はトラブル続きで……という大変な状況にあります。

祖母の暴言に弟は泣き出し、役所の手続きは待たされた挙句やり直しになり、仕事用に発送用意を終えた荷物は祖母に捨てられてしまい、挙句の果てにベランダは鳩に占拠され……日々、「もうあかんわ」と泣きたくなることばかり。

それでも、「人生は、ひとりで抱え込めば悲劇だが、人に語って笑わせれば喜劇だ」と、大変な日常を笑いに変えて届けているのです。

かのチャップリンは、「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」と言った。

わたしことナミップリンは、「人生は、ひとりで抱え込めば悲劇だが、人に語って笑わせれば喜劇だ」と言いたい。

出典:『もうあかんわ日記』岸田奈美 著/ライツ社(p9)

岸田さんの生き方に触れることで、「この状況でこれだけがんばっている人がいるのだから、自分もがんばれるかも」という気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

だけどもしかしたら、「がんばれるのは、特別に強い人だから」と思うかもしれません。

「この人は特別だから」といって自分と切り離し、「自分には無理」と決めつけてしまうのも、落ち込んだときに陥りがちな考え方のひとつだからです。

もしそう捉えてしまったら、このエピソードを知ってほしいと思います。

ATMに並んでいたときのこと。
使用禁止のところに間違えて入り、謝りながらまた列の先頭に戻ったものの……

「お姉さん! 前、空いてるよ!」と、後ろの方にいたおじさんからどやされた。心臓が跳ねそうになる。ダメだ、わたしはこの世界に向いてない。世界音痴。

出典:『もうあかんわ日記』岸田奈美 著/ライツ社(p117)

些細なことで生きる自信をまるごと失う経験は、身に覚えがあるのではないでしょうか。

そんな弱さや繊細さを持ちながらの戦いの日々だと知ると、見え方もきっと変わってくるでしょう。

文章量が多いのでうつが重度のときには難しいですが、ある程度読める段階であれば、気になるエピソードを拾い読みしてもいいかもしれません。

思わず笑ってしまう箇所が多いので、気分を変えるきっかけが見つかると思います。

評者プロフィール

寺田真理子(てらだ・まりこ) 
長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在し、ゲリラによる日本人学校脅迫や自宅の狙撃を経験。東京大学法学部卒業。多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演・執筆・翻訳活動。読書によってうつから回復した経験を体系化して日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。また、うつの体験を通して共感した認知症について、パーソンセンタードケアの普及に力を入れている。著書、訳書多数。日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー。

心と体がラクになる読書セラピー
寺田真理子 著
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2021年4月発売

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