日本読書療法学会を設立して、読書セラピーの研究と実践を続けてきた寺田真理子さまより書評をお届けします!
この会社ムリと思いながら辞められないあなたへ 井上智介 著 WAVE出版 2021年9月発売 |
書評
うつで悩んでいる方からアドバイスを求められた際に、自分の経験からお伝えするのは、「まずは、とにかく休みましょう」ということです。
人生には休まないとどうにもならないときがありますし、体の回復につれて精神状態も落ち着き、前向きな考え方ができるようになってくるからです。
だから、休職制度があれば活用すること、もしくは会社を辞めることを考えてほしいのです。
休職してもスムーズに復職できるとは限りませんし、会社を辞めても、その先どうなるかはわかりません。
だけど、うつの場合には、無理をして働き続けた結果、自殺してしまうかもしれません。
最悪の事態になるよりは、たとえそれまで思い描いていた人生と違ってしまうとしても、一旦休んで自分に合った生き方や働き方を見つけてほしいと思うのです。
とはいえ、会社を辞めることには大きな不安がつきものです。
そんなことをして本当に大丈夫なんだろうか、この先生きていけるんだろうか……ひとりで大海原に漂流するような心もとなさを覚えるでしょう。
そこにやってきた救助船が、この本です。
安心、安全で、健康で働ける職場は必ずあって、実際に選択することはできます。
出典:『この会社ムリと思いながら辞められないあなたへ』井上智介 著/WAVE出版(p121)
そう宣言する著者は、追い詰められた方たちを支援してきた産業医です。
その豊富な経験から、何をどうすればいいのか、考え方から実務的な手続きのことまで、具体的に教えてくれるのです。
まずは本当にやめるべきかどうかの見極め自体も難しいものですが、心や体の危険サインにどんなものがあり、そのサインをどう捉え、どう対処すればいいのかが説明されています。
たとえば、私も経験したのですが、「なんでもないときに勝手に涙が出てきて、いつまでも止まらない」ことがあります。
なんでもないときに勝手に涙が出てきて、いつまでも止まらない(中略)
あまり知られていませんが、これは、強烈なストレスを受けた状態が長く続くと起こる症状です。精神的に不安定になり、心の防衛本能が働いた結果と考えられます。
出典:『この会社ムリと思いながら辞められないあなたへ』井上智介 著/WAVE出版(p82)
涙を流すことには意味があり、自分を助けようとする働きなのだとか。
上司に引きとめられたり有給休暇を阻まれたりしたときの対応や、嫌がらせの防ぎ方、診断書の活用方法など、配慮が行き届いています。
実際に会社を辞めた事例も挙げられているので、イメージが湧きやすいのではないでしょうか。
いざとなったらこうすればいいとクリアになるので、この本が手元にあるだけでも心強いと思います。
評者プロフィール
寺田真理子(てらだ・まりこ)
長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在し、ゲリラによる日本人学校脅迫や自宅の狙撃を経験。東京大学法学部卒業。多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演・執筆・翻訳活動。読書によってうつから回復した経験を体系化して日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。また、うつの体験を通して共感した認知症について、パーソンセンタードケアの普及に力を入れている。著書、訳書多数。日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー。
心と体がラクになる読書セラピー 寺田真理子 著 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2021年4月発売 |