古本と新刊のこだわりの選書やアクセサリーなどの雑貨を取り扱う独立書店「百年の二度寝」(東京都練馬区)の店主 河合南さまより書評をお届けします!
僕たちはもう帰りたい さわぐちけいすけ 著 ライツ社 2019年3月発売 |
書評
2016年創業とまだ新しいライツ社は、ベストセラーとなった『認知症世界の歩き方』(筧 裕介 著)など、意欲的な書籍を次々と送り出している気になる存在。
そのライツ社さんから『僕たちはもう帰りたい』という魂を揺さぶるタイトルの書籍が刊行されていると知り、さっそく拝読しました。
大切なのは「合理的」な努力
主人公は、それぞれ異なる理由で「もう帰りたい」のに「帰れない」7人の職業人たち。
各章の前半で彼らのしんどい現状を描き、その後「スナックもう帰りたい」という店に流れ着いた彼らが、ママの一言から気付きを得て、自身が置かれている環境を改善していくというのが、基本的なパターンです。
主人公たちは前半部でも後半部でも同じくらい努力しているのですが、前半部分では周囲の状況に引きずられて不合理な努力をせざるを得なかった彼らが、気付きを得た後には自身の現状を見極め、目的をしっかりと定めた合理的な努力ができるように変化します。
この「合理的」という部分が本当に大切だと思いました。
周囲の状況にながされてしかたなくする努力や、身勝手な甘えに応えるための努力は、無駄であるばかりか、努力を強いられる人間を追い込みかねない代物。
努力をすること自体は目的でもなんでもありません。大切なのは、そうすることで自分や周囲の状況がどう変わるのか、という部分ですから。
まるで「心理療法」のようなアドバイス
彼らを導くママの言葉は、具体的にこうしておけば大丈夫と道を示す言葉ではなく、具体性を欠いた解釈の余地が広い言葉です。
主人公たちも言われたその場ではあまり理解できないのですが、最終的にはそこに込められたママの思いを受け止めて、がんじがらめの状況から一歩前に踏み出していく。
アドバイスの内容は各章によって異なってはいますが、自分自身のものの見方に固執して視野狭窄に陥っている彼らに、一度自分だけの視点から離れて、周囲の状況をフラットに見渡すよう促す言葉が多いです。
私は心理療法のプロではないので断言することは出来ませんが、自分自身のものの見方に偏りがあることを自覚して、その偏りからなるべく離れたフラットな視点を獲得するように促すというのは、何かの心理療法みたいだな、と思いました。
本書は、「もう帰りたい」という思いを押さえつけつつ、普通の社会生活を送っている職業人にとっては、自分の置かれている環境を改善するきっかけをくれるとても貴重な一冊だと思います。
ただ、ママのアドバイスを受け止め、それを自身の置かれている環境に引きつけて理解し、周囲との軋轢を厭わず環境を変革できる主人公たちは、かなり優秀、かつ、心的なエネルギーも充分に残っている人たちです。
そこまでのエネルギーは残っていないと感じる人たちは、もう少しハードルの低い本から読み始めるというのもひとつの方法だし、主人公たちはある種のヒーローなのだと思いながら読むのもよいかもしれません。
評者プロフィール
河合南(かわい・みなみ)
東京都練馬区の書店「百年の二度寝」の店主です。発病してから15年以上付き合ってきたうつ病の当事者でもあります。店主自身が精神疾患の当事者と言うこともあり、精神疾患の当事者さんや周囲の方が読める本にも力を入れています。
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