【メンタル本大賞2022】
「実践・ワーク部門」審査コメント
「実践・ワーク部門」ノミネート作品
セルフケアの道具箱 伊藤絵美 著/細川貂々 イラスト 晶文社 2020年7月発売 |
生きづらいがラクになるゆるメンタル練習帳 バク@精神科医 著 ダイヤモンド社 2021年8月発売 |
毎日みるだけ! 自己肯定感365日BOOK 中島輝 著 SBクリエイティブ 2021年11月発売 |
「実践・ワーク部門」評価結果・作品別コメント
1位 | 30 pt | セルフケアの道具箱 伊藤絵美 著/細川貂々 イラスト 晶文社 |
2位 | 20 pt | 生きづらいがラクになるゆるメンタル練習帳 バク@精神科医 著 ダイヤモンド社 |
3位 | 10 pt | 毎日みるだけ! 自己肯定感365日BOOK 中島輝 著 SBクリエイティブ |
30pt:『セルフケアの道具箱』
セルフケアの道具箱 伊藤絵美 著/細川貂々 イラスト 晶文社 2020年7月発売 |
評価ポイント
- 著者は公認心理師と臨床心理士の資格を持っており、系統だてた教育を受けている専門家である。
- 細川貂々さんのイラストがふんだんに使われており、可愛らしい。
- 精神的に「危機」と言える時のための「とりあえす、落ち着く」ワークから、自身の生きづらさの根幹に触れ、「『内なるチャイルド』を守り、癒やす」ワークまで、順を追って取り組める作りになっている。
- 「この通りにすればうつを克服できる!」と押しつけてくるような記述がないので心穏やかに読める。
評価理由
私が運営している書店「百年の二度寝」でも、一定のペースで売れている書籍です。
細川貂々さんのイラストをあしらった表紙が可愛らしく、文章も平易なとっつきやすい一冊ですが、著者は公認心理師と臨床心理士の資格を保持する専門家。
やわらかなことばを使った記述の背景には、専門的な理論の柱がビシッと通っているのを感じます。
紹介されるワークは100個、パニックに近い状態に対処する第一章から、心の奥まで踏み込んで「内なるチャイルド」を癒やす第十章まで、それぞれ10のワークで構成されています。
細かく区切られているが故に、ひとつひとつのワークのハードルが低く、少し疲れている人でも「これならやれそう」と思えるものになっています。
ワークの効果を実際以上に大きく見せたり、「こう取り組むべき」と押しつけたりする部分がなく、ひとつひとつのワークの効果は「じつにささやかなもの」、続けて取り組むことに大きな意味があり「1年か2年かけて本書全体に取り組むくらいのイメージで十分」と、即効性を否定しているのも、誠実な態度だと思いました。
メンタル本ではあまり触れられない傾向がありますが、相談機関や行政の支援制度などからの「社会的支援」につながる必要性も説かれています。
私自身、状況が好転したのはある支援機関につながってからだったので、この部分の記述はとても重要だと思います。
20pt:『生きづらいがラクになるゆるメンタル練習帳』
生きづらいがラクになるゆるメンタル練習帳 バク@精神科医 著 ダイヤモンド社 2021年8月発売 |
評価ポイント
- 「女はこれ」「男はこれ」「男脳と女脳」といった決めつけがないのが心地よい。著者の肉体的社会的ないわゆる「性別」を明かさない配慮もうかがえた。
- 表紙から見返し、本文、挿絵まで、「水色(シアン)」と「黒(スミ)」の二色でまとめた本作りが見事。優しい色使いが徹底されていて、圧迫感がない。
- 著者が医師であるためか、不用意な「決めつけ」、読者を煽るような記述がほぼ無い。専門家としての慎重さがうかがえ、安心して読める。
- 社会の中で自分の特性を活かし生活するには、「擬態」が必要、という割り切りをする事で生きづらさを和らげるというのは、目からウロコだし、いま現在苦しんでいる人に、別の視点を提示するのではないかと思う。
- かなり読みやすい本だが、ハウツーだけではない豊かさを感じさせる一冊に仕上がっている。
評価理由
「ゆるメンタル」を謳っていますが、良い意味でゆるくない本だと思います。
装丁や本文の色使いなど、「(物体としての)本作り」にも工夫がみられ、編集者もデザイナーも「ゆるい」仕事はしていない。
どうやって読者に届けていくかを考え尽くしたあとがうかがえて、嬉しくなる一冊でした。
著者は、ADHDとXジェンダーという属性の精神科医。
うつ病に罹患した経験もあるとのこと。
藁をも掴む思いでいる当事者の気持ちも理解されているし、専門家として、安易に決めつけたり煽ったりもしない冷静さも備えておられる。
そのバランス感覚が素晴らしいです。
この本では、いい塩梅で周囲に溶け込む「擬態」をする事で楽に生きよう、と提唱されています。
「ありのままの自分を貫けばみんなわかってくれる」という気持ちを一度捨て去る必要がある「擬態」メソッドを実行するのは、たぶんそれほど容易いことでは無い。
しかし、著者の経験や具体的な方法論を交えた文章を読んでいると、自分に出来る範囲で「擬態」してみてもよいかも、と思えるようになってきます。
文章が非常に平易で多少調子が悪くとも読むことが出来る一方で、著者の自分自身や人間のあり方に関する洞察の深さがうかがえる一冊だと思います。
10pt:『毎日みるだけ! 自己肯定感365日BOOK』
毎日みるだけ! 自己肯定感365日BOOK 中島輝 著 SBクリエイティブ 2021年11月発売 |
評価ポイント
- 365もの項目があり、とても情報量が多い。
- 心理学精神医学の理論を背景にした方法の他、つぼ押しやちょっとした生活の知恵、占いまで幅広い方法論が収められている。
- この厚さで1600円以下という価格にはお得感がある。
評価理由
いま、「365日(もしくは366日)本」みたいな書籍が流行しており(パイイターナショナルの『海野弘 366日のアートブックシリーズ』、文響社の『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』など)こちらの書籍もその流れを汲むものなのだと思います。
多くのアドバイスが載っており、そのバックボーンにある論理も臨床心理学や精神医学のみならず鍼灸や占いなど多様なので、人によっては散漫な印象を抱くのではないかと思いますが、1600円以下という価格にはお得感があります。
情報量の多さにもかかわらず安価、かつ、カレンダー形式ということで最初から最後まで読み通さないといけない、というプレッシャーがないので、気軽に手に取ることが出来るのではないでしょうか?
また、各ページのワークをひとつ試すだけならば負担もかからないので、とり組むまえのハードルが低いのもよい点だと思います。
「実践・ワーク部門」総評
「実践・ワーク部門」に関しては、コーチングなどよりは臨床心理学、精神医学をバックボーンに持つ著者が多く、専門家の本だけあって、安心して読めるものがほとんどでした。
また、「ワーク」が100も掲載されている『セルフケアの道具箱』を含め、読み物として充実しているものが多いとも感じました。
私は本を仕事にしているので、読みやすいだけではなく読み応えのある本にどうしても惹かれてしまうのですが、うつなどが高じてくると長めの文章や歯ごたえのある文章を読むのがしんどくなるのも経験上わかります。
読み応えと読みやすさを両立させるのはかなり難儀なことではありますが、この部門の書籍に関しては、そのバランスが絶妙だと思いました。
本の作り手たちが、時間的・金銭的な制約と向き合いながらも知識と本作りの智恵を注ぎ込んで作った本というのは、私たち売り手にはよくわかりますし、お客様もわかって選んでおられます。
制約はこれからどんどん厳しくなっていくのかも知れませんが、売り手としては、やはり知識と知恵、そして愛をもって作られた本をこれからも送り出していただければ、とても嬉しいです。
私自身、そんな風に愛されて生まれた本と、それを欲するお客様との仲立ちになれたらと思います。
精神疾患の当事者兼本屋としてなにか出来ないかとぼんやり思っていたとき、メンタル本大賞にお誘いいただきました。
「私なんかでいいのかな?」という思いもありましたが、それよりも「これこそが自分の果たすべき役割なのかも知れない」という思いと、喜びが大きかったです。
まだまだ、お店の運営だけで精一杯で、選考委員としての役割をどれほど果たせたのか不安ですが、実行委員会のみなさんには心から感謝いたします。
いま、しんどさのただ中にいる方に私が言えるのは、「その『しんどさ』があなたのすべてではないですよ」、ということです。
私もいまだにしんどさのただ中にいる自覚があるのですが、私たちをしんどくさせているのは病気の症状だったり、しんどいが故の視界の狭さだったり、果てはその日のお天気だったり、時間はかかるかも知れませんが対処したりやり過ごすことの出来るものがほとんどです。
しんどい時は、一生しんどさの地獄に落ちたままだと思いがちですが、私の経験上、しんどくてしんどくて一日中寝たきりだった時期も、ふとしたきっかけで浮上する瞬間がありました。
そのきっかけは、お菓子かも知れないし音楽かも知れないし、テレビのお笑い番組かも知れない、そんな瞬間をくれる存在をどうか大切にして下さい。
その瞬間が本や本屋であるという方がもしいれば、ひとりの書店員として最高に嬉しいです。
選考委員プロフィール
河合南(かわい・みなみ)
東京都練馬区の書店「百年の二度寝」の店主です。発病してから15年以上付き合ってきたうつ病の当事者でもあります。店主自身が精神疾患の当事者と言うこともあり、精神疾患の当事者さんや周囲の方が読める本にも力を入れています。
公式サイト・SNS
百年の二度寝ホームページ
百年の二度寝 Twitterアカウント(@mukadeyabooks)